大判例

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最高裁判所第一小法廷 平成元年(オ)1605号 判決 1993年5月27日

上告人

山口健

鎌田正樹

近藤正胤

藤田和男

藤原隆

池田進

井上吉弘

住野和彦

西田安男

松本茂郎

右一〇名訴訟代理人弁護士

高田良爾

被上告人

近畿税理士会

右代表者会長

川又賴政

右訴訟代理人弁護士

北尻得五郎

池上健治

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人高田良爾の上告理由について

一被上告人は税理士法に基づいて設立された法人であり、上告人らは被上告人に所属する会員であること、被上告人は、昭和五四年六月一六日開催の第一五回定期総会において、「(1) 昭和五四年度以降会費を従前の五万一〇〇〇円から五万四〇〇〇円に増額する。(2) 日本税理士会連合会(以下「日税連」という。)に対し、会員一人当たり会費八四〇〇円、特別会費二〇〇〇円の計一万四〇〇円の割合による連合会費を納入する。(3) 大阪合同税理士政治連盟(以下「大税政」という。)に対し拠出金一五〇万円を交付する。」旨の決議(以下「本件決議」という。)をしたこと、本件決議に基づいて、同年度中に、上告人らは被上告人に会費五万四〇〇〇円を支払い、被上告人は、日税連に連合会費を納入し、大税政に拠出金一五〇万円を交付したことは、原審の適法に確定したところである。

上告人らは、(一) 本件決議のうち、(1)の会費増額決議による三〇〇〇円の増額分の中には、日税連に対する特別会費分二〇〇〇円が含まれており、右増額決議中二〇〇〇円を増額する部分は、上告人ら会員から特別会費を強制的に徴収するものであった、(二) 被上告人が日税連に納入した連合会費のうちの特別会費に相当する部分及び被上告人が大税政に交付した拠出金は、最終的に、大税政の上部団体である日本税理士政治連盟(以下「日税政」という。)に納入され、日税政は、これを特定の政治家に対する政治献金の資金に充てた、(三) したがって、(1)の決議のうち会費二〇〇〇円を増額する部分、(2)の決議のうち特別会費二〇〇〇円を納入するとした部分及び(3)の決議は、違法な政治献金を行う目的でされたか、又は政治団体である日税政や大税政に対する寄付を行う目的でされたものとして、被上告人の目的(権利能力の範囲)を逸脱し、また、会員個人の思想、信条の自由を侵すものとして憲法一九条に違反するから、無効であると主張して、被上告人に対し、各上告人につき、右特別会費に相当する二〇〇〇円及び右拠出金一五〇万円の一人当たり分担金相当額二一九円の合計二二一九円を支払うことを求めた。

二原審は、(1)の会費増額決議に係る増額分三〇〇〇円のうち二〇〇〇円相当部分が特別会費であるものとは到底認め難く、したがって、被上告人が右決議によって会員である上告人らから臨時に特別会費を徴収したことにはならないから、右決議のうち会費二〇〇〇円を増額する部分の無効をいう上告人らの主張は失当であり、また、(2)の決議のうち特別会費二〇〇〇円を納入するとした部分及び(3)の決議は、被上告人の目的の範囲を逸脱するものではなく、憲法一九条に違反するものでもないから、無効とはいえないと判断して、上告人らの請求を棄却すべきものとした第一審の判断を相当とし、上告人らの控訴を棄却した。

三所論は、要するに、(2)の決議のうち特別会費二〇〇〇円を納入するとした部分及び(3)の決議は無効とはいえないとした原審の判断には、憲法一九条、民法四三条の解釈適用を誤った違法があるというのである。

しかしながら、(1)の決議のうち会費二〇〇〇円を増額する部分の無効をいう上告人らの主張は失当であるとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができるところ、所論が無効であると主張する(2)の決議中前記部分及び(3)の決議は、被上告人が上告人ら会員から徴収する会費の使途を定めたものにすぎず、これに相当する金員を会員から徴収することを定めたものではない。したがって、仮にこれらが無効であるとしても、そのことは、上告人ら会員が被上告人に対し右金員の支払を求める法的根拠にはならないことが明らかである。そうすると、所論の無効原因について判断するまでもなく、被上告人に対し、各上告人につき二二一九円の支払を求める上告人らの請求は棄却を免れない。原判決は結論において是認することができ、論旨は採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官三好達の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官三好達の補足意見は、次のとおりである。

本件決議のうち(2)の決議の特別会費二〇〇〇円の納入に係る部分及び(3)の決議が無効であるとしても、そのことは、上告人らが被上告人に対しその主張の金員の支払を求める法的根拠とならないことは、法廷意見の説示するとおりであるが、事案にかんがみ、これらの効力について補足して意見を述べる。

一  被上告人は税理士法に基づいて設立された法人であり、その目的につき、税理士法(昭和五五年法律第二六号による改正前のもの。以下単に「法」という。)四九条二項は、「税理士の使命及び職責にかんがみ、税理士の義務の遵守及び税理士業務の改善進歩に資するため、会員の指導、連絡及び監督に関する事務を行うことを目的とする。」と規定し、また、法四九条の一二第一項は、「税理士会は、税務行政その他国税若しくは地方税又は税理士に関する制度について、権限のある官公署に建議し、又はその諮問に答申することができる。」と規定している。原審の認定する被上告人の会則中の目的及び事業に係る規定も、右各条項所定の範囲を超えるものではないと解せられる。

原審の確定したところによれば、(3)の決議は、被上告人において、税理士業界の政治的要求実現のために政治運動を進める目的で創設された政治団体である大税政に対し、拠出金一五〇万円を交付するというものであって、このような政治団体に対し金員を支出することは、右各法条及び会則に明示されている目的及び事業に直接包合されていないことは明らかである。

二  もっとも、株式会社その他営利を目的とする法人がその社会的役割を果たすための活動をすることは、それがその法人の定款等に明示された目的に直接は包合されていないものであるとしても、間接的にはその目的遂行のために必要なものであるというを妨げず、その権利能力の範囲内にあるものと解せられ、政治団体に対する政治資金の寄付についても同様であるということができる(最高裁昭和四一年(オ)第四四四号同四五年六月二四日大法廷判決・民集二四巻六号六二五頁参照)。そして、この理は、営利を目的としない団体についても、それが任意加入団体である限り、その目的等による差異はあるにしても、原則として当てはまるものと解してよいであろう。

三  しかしながら、法四九条一項は、「税理士は、国税局の管轄区域ごとに、一個の税理士会を設立しなければならない。」と規定し、法五二条は、「税理士会に入会している税理士でない者は、この法律に別段の定めがある場合を除く外、税理士業務を行ってはならない。」と規定しているから、税理士の資格を有する者であっても、税理士の業務を行おうとするならば、税理士の設立する税理士会に入会することが法的に義務付けられている。法がこのような制度を採用しているのは、税理士の職責にかんがみ、税理士を構成員とする税理士会をして、税理士に対する指導、連絡及び監督に関する事務を行わせることが相当であることによるものであって、右加入強制により、職業選択の自由が制限され、ひいては結社に関する消極的自由が制限されることとなるものの、税理士会の行う活動が法所定の目的の範囲内のものである限りにおいては、公共の福祉の要請による規制として、許容されるものというべきである。

そうしてみると、税理士会が法所定の目的の範囲を超えて活動することは、この制度を採用した趣旨を逸脱するものといわなければならない。そして、その活動が思想、信条に係るものであるなど、個人としてであればそのような活動をするか否かは本来その個人の自由にゆだねられている事柄に係るものであるときは、その活動により、構成員である税理士において法の予定するところを超えてその自由を侵害される結果となることを免れない。したがって、税理士会がそのような活動をすることは、それが社交儀礼の範囲内のものであるならば格別、そうでなければ、その権利能力の範囲を逸脱するものというべきであり、税理士会の総会がそのような活動を行うことを決議しても、その決議は無効といわなければならない。特に、政治活動をし、又は政治団体に対し金員を拠出することは、たとえ税理士に係る法令の制度改廃に関してであっても、構成員である税理士の政治活動の自由を侵害する結果となることを免れず、税理士会の権利能力の範囲を逸脱することは明らかである。

四  以上説示したところからして、被上告人がその総会において政治団体に対し金員を拠出することを決議した右(3)の決議は、無効というほかはないものと考える。

五  (2)の決議のうち日税連への特別会費納入に係る決議については、右決議に当たり、被上告人の総会が日税連におけるその使途を了知していたかどうかは、原審の認定するところからは必ずしも明らかでない。しかし、もし右特別会費が日税連において法四九条の一二第一項所定の建議の範囲を超えてする法改正運動などの政治活動の費用に使用され、あるいは政治団体である日税政(日税政が政治団体であることは、原審の確定するところである。)に拠出されるものであって、しかも、被上告人の総会がこれらのことを知って右納入を決議したとするならば、右決議もまた無効というべきものと考える。

(裁判長裁判官大堀誠一 裁判官味村治 裁判官小野幹雄 裁判官三好達)

上告代理人高田良爾の上告理由

第一 はじめに<省略>

第二 上告理由第一点――原判決には憲法一九条の解釈、適用に誤りがある。

一 原判決は「法改正につき会員の多数決により税理士会の意思を決定することは他に特段の事情のない限り団体の性質上やむを得ないことであり、控訴人ら主張のように右法改正に反対であれば常にその思想、信条の自由を犯すものとしてその無効を主張できるとする根拠はない」と判示している。

二 しかし、以下述べるように原判決の判示は明らかに憲法の解釈適用を誤っている。

昭和五三年、同五四年当時、日税連執行部が採っていた税理士法一部改正への動きは、すなわち大型間接税導入への地ならしをし、かつ税理士を納税者国民の代理人ではなく国税当局の下請機関とせんとする法改正への組織的な協力に外ならなかった。この様な税理士法一部改正への動きに賛成するか否かは、各税理士が国民の一人として個人的かつ自主的な思想、見解、判断等に基づいて決すべきことであり、憲法一九条の思想、信条の保障が当然及ぶべき事柄である。このような思想、信条の自由で保障された事柄については、それについて多数決でもって会員を拘束し、反対の意思表示をした会員に対してその協力を強制することは許されないのである。

第三 上告理由第二点――原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかなる事実の誤認、且つ法令の違反があり、原判決は破棄されなければ著しく正義に反する。原判決の事実の誤認、且つ法令の違反の判示がなされるに至った根本的要因は、原判決が、①「日税連は…政治資金規正法の枠内の一団体一五〇万円の限度でそれぞれ寄付したが、これは同年度の全体支出額の一パーセントに過ぎない」と判示し、さらに、②「理事者側としてもこれが後記の如き政治献金の資金に供されるとまでの認識はなかった」と判示したことによるものである。

一 原判決は「税理士会が税理士業務の改善進歩のために税理士法改正運動をすること自体はその目的からして許されないことではなく、被控訴人大税会についても前記(二)の認定のとおりその会則上一定の事業をすることが認められているから、税理士法改正のための広報、宣伝活動およびそのために必要な支出は当然許されるし、政治資金の寄付についてもこれが客観的、抽象的に観察して税理士会の社会的役割を果たすためになされたものと認められる限り、目的範囲内の行為ということができる(前掲最高裁判決参照)。しかしながら、そのことから税理士会がその目的の範囲内においてするすべての活動につき当然かつ一様に会員に対して統制力を及ぼし、会員の協力を強制することができるものとは即断できないのであって、当該活動の内容、性質、これについて会員に求められる協力の内容、程度、態様等を比較考量し、多数決原理に基づく税理士会活動の実効性と会員の基本的利益の調和という観点から、会員の協力義務の範囲に合理的な限定を加える必要があるが、右政治資金の寄付が税理士会によって特定の政党、政治家又は候補者を支持、応援してこれらの者に対してなされる際、会員に対してこれへの協力を強制することは、会員の思想、信条の自由を犯すものとして許されないものというべきである(参照 最高裁昭和五〇年一一月二八日第三小法廷判決、民集二九巻一〇号一六九八頁)。そこで、このような見地からまず日税政がなした前記政治献金について検討するに、確かに、右献金の動機、目的は税理士法の改正を達成することにあったものと推認されるところ、右改正のについては全国税理士会員の中には一部反対の者があったとしてもその多数の会員の賛意のもとにその成立を期して政治運動をなしその一環として政治献金をなしたものであるから、一応その目的の範囲内とみられないではないが、その方法、態様においてやや妥当性を欠き、その献金先についても特定の政党、政治家又は候補者に偏する疑いがあるから日税政の政治活動としてもこれが批判の対象とされる余地は充分にあり、税理士会の公益法人としての立場からすれば、少なくとも右政治献金のために会員に対して特別にその協力を求めることはこれが強制加入団体であること等に鑑みその目的の範囲内にあるものとは未だ認め難いと言わざるを得ない」と判示しながら、結論部分において「しかし、本件で問題とされているのは被控訴人大税会の日税連に対する特別会費の納入決議であって、日税政がした右政治献金そのものではないから、右政治献金が税理士会の目的の範囲外であることから直ちに右納入決議が目的の範囲外となるものではない」と判示している。原判決が前述のように、「税理士会の公益法人としての立場からすれば少なくとも右政治献金のために会員に対して特別にその協力を求めることは、これが強制加入団体であること等に鑑み、その目的の範囲内にあるものとは未だ認めがたいといわざるを得ない」と正当に判示しながら、被上告人大税会の日税連に対する特別会費納入決議を有効とする判示をしている。これは前述したように、原判決が日税連が日税政に一パーセントの支出しかしていないとの認識しかなかったこと、理事者側(日税連、大税会)に政治献金するとの理解がなかったとの誤認をしたことによるものであり、当審においてはこの判示は是正されなければならない。

二 日税連より日税政に支出した金額について<省略>

三 <省略>

第四 上告理由第四点――被上告人会が大税政になした拠出金の交付決議は無効

一 被上告人会は、特殊公益法人に該当し、税理士会への加入が間接的に強制されているいわゆる強制加入団体である。被上告人会が、強制加入団体であり、個々の税理士に脱退の自由がないということは、法人が目的の範囲外の行為をすることによってその利益を侵害される個々の税理士は、税理士をやめない以上その損害を回避することが出来ず、結社の自由、職業の選択の自由が明らかに侵害されることになる。

二 税政連は昭和三八年、税理士業界では税理士会が公益法人であるため、政治活動ができないということで業界の政治的要求の実現のために政治運動を進める目的で創設されたものであるが、その活動の中心は特定政党および政治家の支援にあたったものであり、日税政、大税政などの税政連も、特定の政党及び政治家を支持していた。例えば、昭和五八年の衆議院議員選挙の際の候補者推薦の比率は、自民党が八〇パーセントを超え、社会、公明、民社の各党および無所属は各数パーセントで、共産、社民連等は皆無であり、税理士による国会議員等後援会に至っては、社会、公明すら皆無である(<書証番号略>)。仮に、税政連が特定の政党に偏するものではないとしても、被上告人大税会の会員の中にどの政党も支持しない会員がいるのであるから、会員から強制的に徴収した会費から税政連に政治資金を支出することは、被上告人大税会の権利能力の範囲・目的を超えるものであり、民法四三条に違反し、無効である。

従って、本件係争部分の決議が特定の政党、又は政治家に対する政治献金を行うことを目的としたものでないとしても、中立的でない政治団体である日税政及び大税政に対し、寄付をすることを目的とするものである(この主張自体については被上告人大税会においても自認するところである)から、本件決議は民法四三条に違反し、無効である。

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